耳袋/仙境異聞/勝五郎再生記聞について

▼ 耳袋

「耳袋」とは

近世後期の随筆。根岸鎮衛(やすもり)(1737‐1815)著。自序は「耳嚢」と記す。10巻。各巻100話で,したがって全巻1000話。街談巷説奇聞の類を集めたもの。1782年(天明2)ころから書き始め,はじめは3巻で完了していたが間を置いて3巻ずつ書きつぎ,9巻でいったん擱筆したが,さらに1巻を死の前年1814年(文化11)に完成。著者は幕臣で,佐渡奉行,勘定奉行を経て1798年(寛政10)より町奉行をつとめ,名奉行として知られた。

(平凡社世界大百科辞典)

「耳袋」の読みどころ

まちの噂話などを集めたものです。内容はとにかく多彩です。怪談、笑い話、艶笑譚、英雄・豪傑の逸話、よく効く薬、人情話、狐や狸に化かされた話、教訓話などありとあらゆる分野にわたり、面白い話、聞いてそのまま忘れるにはあまりに惜しい話ばかりが集められています。 おいおい本トか?と思わずつっこみたくなる話もたくさんありますが、原則として著者はみな事実として記録しています。

また、著者が幕臣ということから武家関係の話も多いものの、お侍らしい偏向ぶりといったものは筆致からあまり感じ取ることはできません。あくまで話のおもしろさ、著者が受けた感動、感慨をそのまま伝えようとしていたことがうかがわれます。

ただし、序文でも明らかにされているように『耳袋』はもともと門外不出とされており、本人の備忘録として書かれていました。しかし、その面白さが徐々に世間に広まり、いくつもの写本が生まれ、結果、現代にまで伝わったのはわれわれにとって大きな幸運だったといえます。

もっと「耳袋」

底本の巻末には編注者による「解題」が付されています。『耳袋』の成り立ち、著者の経歴(小身から異例の出世、名奉行の世評が高い)、人となり(能吏、善人、豪放磊落、鷹揚にして人の長所を引き出すことに長ける、怪談・奇談を好む割には幽霊等の存在を信じていない)等が詳しく紹介されており、これらを読んでから本編を読むと、また違った読後感が味わえます。御一読をお勧めします。

底本について

根岸鎮衛著・鈴木棠三編注『耳袋』(1)(2)平凡社ライブラリー(ISBN4-582-76340-5/1500円、ISBN4-582-76346-4/1500円)をテキストとしており、編者の注を大いに参考にさせていただいています(必要に応じて岩波文庫版も参照しています。こちらは十巻千条が揃っていますが、平凡社版とは一部異同があります。注釈も詳しくお薦めです)。

2017年版の本サイトにおいては平凡社ライブラリー、東洋文庫の電子版を元にしていたり、いろいろです。今回、改めて読み直したり、ウェブでの感想を拾い読みさせていただきましたが、誤訳が多かったようなので😅、気がついたところはできるだけ直しています。また、勝手ながらこちらのサイトをしばしば参考にさせていただいてます。
耳嚢 根岸鎭衞 巻之一 附やぶちゃん訳注 – 鬼火

参考文献は特にありませんが、語釈に当たり『角川新版古語辞典』『江戸語の辞典』(講談社学術文庫)『平凡社世界大百科事典』『広辞苑』を主に引いています。また、2017年版の本サイト復活にあたり、ジャパンナレッジの一括検索を多く利用しています。

本来のテキストは、10巻、1000条からなるようですが、伝本により様々な異同があります。今回底本としたテキストは、三一書房刊『日本庶民生活史料集成巻十六』所収の十巻本を元に、文庫2冊に納めるため百数十条を削除したものです。

著作権について

180年前の本であるため著作権の問題はないものと考えていますが、編注による著作権が発生しているかもしれません。著作権者からクレームがあるようでしたら、すぐさま撤去する用意があります。

訳文に多少なりとも価値があると認めていただいた場合は、ご自由に二次利用して頂いて結構です(著作者人格権は留保)。ただし、これはお願いになりますが、本稿にはこのページに記載した条件(制限)があることを知っていただきたいため、できるだけ本サイトのURLを付記していただければ幸いです。

訳文について

訳者は、古文について高校生程度の知識しか持っていません。訳文は面白さはともかく、正確性・妥当性においてはなはだ怪しいものとなっています。面白い本だと判断されましたら、できるだけ上記テキストを参照されるようお勧めします。図版がいくつか収録されており、必見です。

訳文は原則としてほぼ原文に即したものとしていますが(文章自体が面白くできているためあまり手を加える必要がない)、力不足により意味のわからない部分、訳者がつまらないと思った部分は訳出しないこともありますし、場合によっては思い切った意訳をする部分、独自に演出を加える部分もあります。その場合も特にその旨の表記はしません。 また、各回の番号は便宜上訳者が付したものです。

なお、差別・偏見を示す話について、底本の編注者は次のように述べています。

なお本書には『鯛屋源助危難の事』など、現在の常識では許さるべくもないような身分差別・偏見を示す話も、そのまま収めてある。このような事をあたりまえのこととしていた当時の状況は、差別問題の根の深いことを端的に示しており、それは当時の人びとの社会や自然に対する認識の昧さ(くらさ)とも結びついていたということも併せ考えて、批判的に読まるべきであろう。

訳者もこの立場を踏襲し、「盲人」「いざり」「非人」「えた」等についてはそのまま使用しており、そうした話を除くということはしていません。これは当時の事情・本来の巻序を可能な限り正確に伝えるためであり、差別・偏見を肯定・助長しようとする企図に基づくものではありません。



▼ 仙境異聞

「仙境異聞」とは

 今から約180年前の江戸。幼い頃から不思議な能力を持っていた寅吉は、あるとき奇妙な老人に山へと連れ去られ、天狗の修行をするよう命じられます。
数年後、再び江戸に現れた寅吉は天狗小僧の異名を取って一大センセーションを巻き起こしました。その噂を耳にした異端の国学者、平田篤胤(本居宣長の弟子)はかねてから興味を持っていた幽界(神々の住まう世界)の事情を窺うために寅吉を自宅に住まわせ、長期間にわたる詳細なインタビューを行いました
天狗、仙人、妖怪、未知の動植物、神々と魔物等々、寅吉の語る異界の模様を余すところなく伝える奇書が『仙境異聞』です。

天狗小僧の帰還

文政3年(1820年)の秋、天狗小僧と呼ばれたひとりの少年が脚光を浴びました。天狗の世界に誘われ、何年もの間そこで過ごした少年が戻ってきたというのです。その少年、寅吉の語る異界の様子は驚くべきものであり、多くの人々がその情報を求めて彼の話を聞きにやってきました。平田篤胤(ひらた・あつたね)もそのひとりです。寅吉15歳、平田45歳のことでした。

平田篤胤という人

江戸後期の国学者。幼名正吉。号は大角,気吹之舎(いぶきのや)など。秋田藩の大番組頭,大和田祚胤(おおわださちたね)の四男として久保田城下に生まれる。1795年(寛政7)20歳のとき脱藩して江戸へ出,仕事を転々として生計を立てながら苦学,1800年備中松山藩士平田篤穏(ひらたあつやす)の養嗣子となった。03年ごろ本居宣長の著書に接して感激し,夢の中で宣長から死後の門弟たる認可を得たと称して,05年(文化2)本居春庭に入門する。この間,《呵妄書(かもうしよ)》(1803)を著して太宰春台に反論し,《鬼神新論》(1805)を書いて有鬼論(《鬼神論》)を唱えるなど,後年の独特な学問体系の基礎をかためた。11年師と仰ぐ宣長の学問にふと疑念を抱くという一種の回心を経験したことから,《古史成文》を斤し,《古史徴》の草稿を作り,《古史伝》に着手するなど,師説とはまったく異質な篤胤学の形成に努力を傾注した。国学をいちじるしく宗教化し,宇宙開闢論,幽冥信仰,因果応報思想などを取り入れて,平田神道ともいわれる神秘的な神学体系を作り上げたことに特色がある。そのために宣長学の文献実証主義からは大きく逸脱した。その精力的な活動に猜疑の眼を向けた徳川幕府は,41年(天保12)江戸退去と著述禁止を申し渡し,郷里の秋田に帰った篤胤は,失意のうちに68歳で世を去った。門人約550といわれる平田学派が,幕末の思想運動に与えた影響は無視できない。上記のほか,おもな著作に《本教外篇》《仙境異聞》《霊能真柱(たまのみはしら)》など。

 (平凡社大百科事典)

「仙境異聞」の成立

神、天狗、妖怪、仙人、異界といった「あちらの世界」に人並み以上の関心を持っていた平田篤胤が、寅吉の出現に興味を惹かれないはずはありません。友人からその話を聞くや、直ちに彼の元へと足を運びます。そして、天狗小僧はのっけから彼を驚かせたばかりか、ありとあらゆる分野にわたる質問に答えるという形で語られる異界の情報は、聞けば聞くほど彼の考える「異界」の姿に合致するものであるとの確信を深め、平田にとって寅吉はまぎれもなく異界が存在することの生き証人となったのでした。「仙境異聞」はこれらのインタビューとそれに基づいた調査をまとめたものです。



▼ 勝五郎再生記聞

「勝五郎再生記聞」とは

文政五年(1822年)、武蔵国多摩の百姓の倅、勝五郎(当時8歳)が何気なく発した問いがこの事件のきっかけでした。勝五郎は生まれる前のことを誰もが記憶しているものと、そのときまで信じていたのです。

自分が人と違っていることに気付いた勝五郎は誰にもいわないよう懇願するのですが、やがて家族にも知られるところとなり、前世での出来事、命を落としたときのこと、死後に出会った謎の人物のこと、この家に生まれたいきさつ等をとつとつと、しかし詳細に語ります。半信半疑の祖母に手を引かれ、とうとう前世に住んでいたという村へ出かけたところ、そこには勝五郎が語ったとおりの風景があり、家族が暮らしていたのでした……。

異端の国学者、平田篤胤が本人及び周辺の人々を取材した記録と奇想に満ちた持論を展開する『勝五郎再生記聞』を現代語訳。江戸の世を騒がせた輪廻転生譚をお楽しみください。 『仙境異聞』に記された寅吉との出会いから約3年後の話です。

平田篤胤著・子安宣邦校注「仙境異聞・勝五郎再生記聞」(せんきょういぶん・かつごろうさいせいきぶん)岩波文庫刊(ISBN4-00-330463-2/800円)をテキストとしています。