#079 人の運はわからないものであること(1)

安藤霜台の譜代ふだい1の家士に、名字は忘れたが幸右衛門という者がいた。今は既に亡くなっているが、紀州の半島の先に位置する黒井村の出身である。加田と海を挟んだ向かいにある島同然の土地だという。

幸右衛門は若年から霜台の親の元に仕えていた(霜台の父、郷右衛門は紀州の家士で和歌山に勤仕していた)。幸右衛門には弟がいたため、これも和歌山へ呼ぼうと迎えがてら黒井に至り、両親や兄弟にまみえていたところ、黒井から加田に向かい海を真っ黒にして渡るものがあった。よく見るとそれは鼠の群だった。

さして気にもせず父母兄弟に別れを告げ、弟を連れて和歌山へ帰ろうとしたところ「まあまあ、今日はもう一泊して明日帰るといい」などと引き留められたのだが、「約束の日限に遅れますので」と断った。

その夜のことである。津波が押し寄せ、黒井村は一瞬のうちに流されて父母兄弟は海中に没した。


1 譜代 代々仕えている。

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