#062 身分の卑しい者も工夫を凝らすということ

私と親しくしている一人の浪人がいる。ある年の大晦日のこと、貧しいながらもそれなりに暮らしていた彼がどうにか今年も正月を迎えられそうだと一息ついていたところ、門口を「さざえ~、さざえ~」と呼ばわって歩く声を聞いた。

こんな時期にさざえがと不思議に思い、きっとたにしであろう、買って正月の肴にしようと呼び入れると、さざえ売りの籠の中には螺どころか、青菜が十四、五把入っているばかりだった。興味を引かれて、たばこ、茶などを振る舞って尋ねた。

「どうして、さざえと呼ばわっているんだね」

「あっしらは夫婦ふたりでどうにかこうにか食べておりやす。幸い、三十年来螺を買っていただいているお屋敷が十軒ございやして、こちらでさざえ、さざえとお呼びすれば『例のさざえ売りが来た』と、野菜やら何やら、持ってきたものは何でも買っていただけやすので、てめえらの口くらいは何とかなるのでごぜえます。そちらさまに限らず、強いて買っていただかなくとも一向にかまいませんので、へえ」

世間にはこういう面白い商売をしているものもいるのだと、浪人、一方斎が語った。

コメントを残す