#060 江戸びいきの句のこと

京都のさる堂上が関東風の祭を笑って、次のような狂歌を其角に見せた。

あずまなる鄙の拍子のあなるかな神田祭の鼓うつ音

(※関東の田舎の太鼓のリズムはなんという間抜けざまだろう。神田祭など大笑いだ)

怒った其角は次のように返した。

花薄大名衆をまつりかな

(※「時代に取り残されたもう先のない、無駄飯食いたちの日陰まつりが葵祭なんだってね」下記参照)

また、最近百万という俳諧師が其角に賛同して次のような江戸自慢の句を詠んでいる。

人留めて涼しく通る祭かな

(※見物人が見守る中、行列がしずしず通るだけの祭は祭じゃないね)


※この句に関して掲示板でkitareiさんから次のように教えていただきました。ありがとうございました。

これは、かなり辛らつ…といいますか、罵倒に近い句だと思います。まず「花薄」は、もちろん「盛りを過ぎた」「落ち目の」「時代遅れの」「散り(死に)ぎわの」というメタファーですね。「大名衆」というのは、江戸時代より前は文字通り「諸国を代表する大名たち」の意味でしたが、平和がつづく江戸期になると武家の次男坊、三男坊たち、すなわち「石つぶし」の意味にすりかわります。「大名衆」あるいは「旗本衆」とも呼ばれ、どこか婿の口(生活の糧)がないかどうか鵜の目鷹の目で探している、いてもいなくてもいい哀れな日陰者的な存在…というような意味合いですね。

さらに、其角はインテリですから「まつり」という語源が京の「葵祭」そのものに発するのを知っていたと思います。江戸時代に「まつり」といえば、江戸の日枝神社と神田明神の2大祭になりますが、それ以前の時代は公家の「まつり」である「葵祭」を指しました。つまり、現代的に訳しますと…

●時代に取り残されたもう先のない、無駄飯食いたちの日陰まつりが葵祭なんだってね

…というような意味合いですね。しかも、さらにこの句は毒を含んでいて、「大名衆<の>」とせずに「大名衆<を>」としたところに、其角の底知れない怒りと悪意を感じます。葵祭の「葵」は、もちろん徳川の紋所ですが、葵(江戸幕府)に「まつ(る)ろわれている」=服従している・支配されている「大名衆」(京の公卿たち)の何と哀れな死に体ザマなのだ…というニュアンスも、「を」という助詞ひとつの用法で感じ取れてしまいます。おそらく、この返句をもらった「さる堂上」はキレたと思いますね。(^_^;; これに近い句に、嵐雪の…  ●花すゝき大名衆をまつり哉 …というのもありますね。

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