#056 紀州治貞公賢徳のこと

紀州公がまだ左右大夫だった頃のことである。公は甚だ慈悲深く、下々の者を大切にしておられた。

そうしたお恵みをありがたく思っていた身分の軽い中間達が示し合わせて上役に願い出た。

「日頃の御厚恩にお応えしたいと考えましたものの、身分の低い身としましてはどう御奉公すべきものかわかりません。これまで購入しておりました日々厩舎で使用するくつを、せめて仕事の合間に拵えて献上いたしたいと存じます」

これを伝え聞いた紀州公は、下々の心遣いをお喜びになり、次のように仰ったという。

「そういうことならば沓の献上は許そう。しかし、これまでいかほどの代価を支払っていたのか。たとえば、今まで十銭で購入していたのであれば、八銭は中間どもに取らせよう。残り二銭は、しばらくの間これまで沓を納品していた商人に取らせよう。急に売り上げが減っては難儀であろうから」

また、紀州公は普段、木綿の夜具を用いておられたが、先例がなく、老臣達からはあまりのことと嘆き諫める声が高かった。これに対し、紀州公が次のように仰られた。

「これは倹約ではない。健康の為なのだから好きにさせよ」

この後、泊まり番に当たった者も自然と木綿の夜具を用いるようになり、質素を心がけたということである。


  • ちゅうげん 武家の下僕。

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