#054 位を賜った犬のこと

天明元年、酒井雅楽頭が命を受け上京した際のことである。まだ壮年の雅楽頭は数匹のちんを飼っていた。いつもはどこにいくにも最愛の狆を連れて歩いていたのだが、今度ばかりは公の重要な仕事であったので連れていくわけにはいかなかった。

出立の日、狆は駕籠を離れようとしなかった。家臣達が駕籠に入れまいとあれこれと手を尽くすのだが、あるいは吠え、あるいは噛みついて暴れるため、品川の駅まで連れて行きそこから帰すことになった。

品川に着いたものの、ここでも屋敷と同様、駕籠から下ろそうとすると暴れて手が付けられない。仕方なく、とうとう上方まで連れて行くことになってしまった。

京でこのことが話題となって、天子様のお耳にまで達し、畜類の身でありながら主人の跡を追おうとする心がけは見事であると、六位を賜られたらしい。

これを聞いた洒落を好む殿上人が口ずさんだか、あるいは口さがない京の連中が囃したか、次のような歌が流行った。

くらいつく犬とぞかねてしるならばみな世の人のうやまわんわん

(※食らいつく(位がつく)犬と知っていれば、世間の人はみな尊敬の目で見ただろうに。わんわん。)

根拠のない戯れ言であろうが、当時多くの人の口に上った話であるのでここに記す。


  • ろくい 十六ある位階の九番目。

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