#029 金春太夫のこと

 現在の金春の曾祖父に当たる金春は、名人との呼び声も高い役者であった。安藤霜台などがその芸を見たということだから、そう昔の話でもない。

この金春は若い頃、任侠の道にどっぷりとはまっていた。芸の修行をなおざりにして、常に朱色の鞘に仕立てた大小の刀を差し、上京すると島原の傾城町へ入りびたって浮き名を流していた。

あるとき、島原で口論が元で争いとなり、相手を斬り殺して逃げ帰った。このとき朱色の鞘を落としたので「金春の仕業に違いない」と評判になっていたのを耳にし、生来度胸があったためか、同じ朱色の鞘を仕立てさせた。こうしてまた島原に通ったため「下手人は金春ではないらしい」との噂になり、危機を逃れたという。

こういう男だったのでお家芸の能は三、四番ほどしかできない。あるとき、将軍家で能を鑑賞されることとなり「当日はお好みの能をその場で申しつける」との御沙汰を受けて金春は顔面蒼白となった。すぐさま鎮守の稲荷に祈願に通い「私の知らない能を仰せつけられることがあろうとも、曲げて私の知っている能を仰せつけられますように」と断食をして一心に祈った。

すると、願いが聞き届けられたのか、お申し付けのあった能は幸い彼の知っているものであり、無事滞りなく舞台を勤めることができた。

これより以後、武芸を止めて芸に精魂を傾けたので、古今の名人とも称されるようになったのだという。

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