#022 誓願は必ず叶うということ

 本所に中条道喜という者がいる。町医者ながらなかなか羽振りの良い暮らしぶりである。官医の元で若党をしていたが、あちらこちらで中小姓として奉公するうちに、身を持ち崩したか貧窮に堕したか、中年を迎えると剃髪して医師となった。私の親友である与住などを頼って薬の調合を習ううちに出世して今に至るという。

その身の上が面白い。最近、本所多田の薬師境内にこの男が鐘を奉納した。与住が不思議に思って尋ねた。

「鐘を奉納するなど医者のお前に似つかわしくないし、生半可な金でできるものでもない。仏法を厚く信仰しているようにも見えないが」

道喜は次のように答えたという。

「ごもっともです。医者になり始めの頃は困窮が極度に達し一銭の蓄えもありませんでした。当時たびたび多田の薬師の前を通った折り、堂塔は修理できたものの鐘のないのは荘厳さに欠けているようにつねづね思っておりました。

そのころ私は吉原その他の地で按摩をして食べていたのですが、『二銭でも三銭でも日々蓄えていつか鐘を奉納しましょう。もし、不幸にして商売がうまく行かなければそれもできませんが、少しでも身を立てることができれば、きっと私の生きているうちに奉納します』と誓いを立てました。仏の助けか、それ以来仕事も増えてこのたびようやく資金が貯まりましたので、こうして奉納した次第です」

コメントを残す