#020 蓄財の工夫のこと

 享保の時代に藪主計頭やぶかずえのかみという人がいた。御側衆を勤め、隠居して大休という号を名乗ってから後も登城したことがあった人である。主計頭は常日頃倹約に勤め、存命中から子孫へ金塊を三つずつ、その間柄に応じて分け与えたという。

ある人が蓄財の秘訣を尋ねると、次のように答えた。

「風雨や地震などがあると家来を呼び、『昨夜の嵐で屋敷にどれほどの被害があったか』と尋ねる。家来もそれに応じて、何の被害もないとしても『これこれこのような被害が生じ、修理にはおよそ何十両かかります』と答える。このようにして、その金額を貯めておくのだ」

ばかばかしいようだが、贈答、冠婚葬祭、朝夕昼夜、すべてにわたりこのような定めを設けていたので、だんだん金が貯まるのだということである。


  • おそばしゅう 江戸幕府の職制。老中の支配に属し、将軍に侍し、交代で殿中に宿直し、老中退出後は老中に代わり殿中のことを処理した重要な職務。その人員は五、六名から七、八名で、うち三名は御用取次に任ぜられ、将軍居室と御用部屋との取り次ぎに当たった。大身の旗本から任ぜられた。〈日本国語大辞典〉

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