#12 幽冥界の階層統治論

世人が死ぬと赴く幽冥は、神世の時代にアマテラスオオミカミ、ムスビノオオカミの詔命みことのりによって、杵築きづきの大社に鎮まり坐すオオクニヌシノカミが永遠に治めておられることは神典などに詳しく記し伝えられており明らかである。これをなお古伝に基づきつらつら考究するに、上記は幽冥全体を統括して治めておられることを明らかにしたまでであり、末端の部分については神々が分担して掌理されておられると考えてもおかしくはない。

すべてこの世に大君がおわし坐して政事の大本を統治し給い、国々所々は人をして分割して治めさせているように、幽冥のことの大本はオオクニヌシノカミが統治され、末端はまた国々所々の鎮守の神、氏神、産土の神などの神が分担して治められ、人民が世に生きている内はいうに及ばず、生まれる前も死んでから後も治め給うということだろう。これを詳細に論ずることは紙幅の関係でここではできない。

中世から伝わるこうした古事の証となるものをひとつ、ふたつ挙げておこう。『古今著聞集』の神祇部に次のような話がある。

仁安三年四月二十一日、吉田祭の日のことである。伊予守信隆朝臣は氏子だというのに神事もせずに仁王講を行っていたところ、常夜灯の火が障子に移って家が焼けた。

大炊御門室町での出来事である。隣には民部卿光忠卿の家があったのだが、神事を行っていたためか延焼を免れた。神威、恐るべきである(吉田社は藤原氏の氏神である)。

また、藤原重澄が若い頃、兵衛尉にならんと欲して稲荷の氏子でありながら加茂に仕え奉り、土屋つちのやを造進した(稲荷は『神名式』に「山城国紀伊郡に稲荷神社三座並びに名神大月次新嘗」とある御社をいう。三座は中座にウカノミタマノカミ、左右はサルタヒコノカミ、オオミヤノメノカミと書籍に見える。加茂は同書に「愛宕郡に加茂別雷神社、名神大月次相嘗新嘗」とある社である)。

諸所に手を回し、諸家に推挙されていたため外れるはずはなかったのだが、たびたび除目に漏れた。重澄は社の師に申し付けて立身の祈誓をさせたところ、その師が次のような夢を見た。

稲荷から使者が訪れた。人が応対に出て用件を聞くと、使者が告げた。

「重澄の所望は絶対に聞き届けるべきではない。我が膝元に生まれながら我をないがしろにするとはけしからん」

これに応対に出た大明神らしきものが答える様子で問答が繰り返された。

「そういうことならば、今回だけはいままでどおり落として思い知らせ、次回の除目で昇進させるがよろしかろう」

こう言い残して使者は帰った。

師は驚いて急ぎ重澄のもとへ駆けつけ、この夢の次第を語った。真偽を怪しんでいたところ、果たして次の除目でも名前が漏れた。夢の誠を知ろうと、稲荷へ参拝したところ、特に運動を働きかけたりすることもなかったのだが、次の除目には昇進の栄誉を得られたのだという。

こういうことを記録した書物はいくらでもある。


  • におうこう 仁王経を講読して鎮護国家・万民豊楽を祈願した勅会
  • じもく 任官の儀式

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