#10 産土神

これを聞いた者は私を含め「産土の神に日々参詣するということであれば、勝五郎が出会った老人は間違いなく産土の神だろう」と思ったし、そう指摘すると源蔵はいった。

「このほど西教寺を訪れたときに、向こうでもそのようにいわれました。『その老人は久兵衛だろう』という人もおりましたが、産土の神だろうということについて多少思い当たることがございます。いままで人に話したことはなかったのですが、真剣にお尋ねいただきましたのでお話ししましょう。

勝五郎の姉ふさは今年十五になります。一昨年のことでした。ある日包丁をなくし、母親にひどく叱られたことがあったのですが、その後また包丁をなくしたのです。今度はますます叱られるだろうと思ったのでしょう。ふさは産土の神である熊野宮に詣で『なくした包丁の在処を教えてください、教えていただけましたらお百度参りをいたします』と祈りました。

その夜のことです。夢に髪を長く垂らした山伏のような頭をした老人らしき人物が現れ『なくした包丁はどこどこの田の草陰に刃が上を向いて落ちている』と告げたのです。すぐにその場所へ行ってみると、果たしてそのとおり包丁は見つかりました。取って帰ったふさは不思議な夢のことを我らに語りました。

母はこれを聞いて『お前という子は、こんな物をなくしたくらいで産土の神様にお祈りするなんて。とんでもないことだよ。よくよくお詫びして早くお礼のお百度参りをしておいで』と叱ったものです。

また、ふさがある朝さめざめと泣いていたことがありました。我らがその訳を問うと、次のように答えました。

『おとついの夜から夕べまで三夜続けてとても悲しい夢を見た。一度くらいなら妙な夢を見ても不思議ではないけれど、こう三夜続けて同じ夢を見るのはきっと神様のお告げだよ』

こういってますます声を上げて泣くところを、どのような夢だったのかとさらに問いました。

『おとついの晩にまた例の山伏のような格好の老人ともうひとりの人が枕元に立って、「お前は昔悪いことをした男だ。いまはこうしているが、良い行いをしなければこの家にいられなくなり苦しみを味わうであろう」というの。でも、変な夢だとたいして気にもしないでいたら次の晩も夕べも同じ夢を見た。

山伏みたいな人は何もいわず、もうひとりの人がそういって「われは蛇体の者だ」といった。こんな夢を見るのはただごとじゃないよ。どんな目に遭うのかと思うと悲しくて』

『ふだん見ないような夢を見たので知らず知らずのうちに気にかかって次々と同じ夢を見たんだろうよ。心配するな』

その場はそう慰めておきましたが、後日勝五郎の話に『髪を伸ばした老人がどうのこうの』とあったのを思えば、先に包丁を紛失したときに現れた山伏のような老人もきっと同じ類の神様であられましょう。このように符合することを考えあわせると、娘の夢の件もいまさらながら不思議なことと思われてなりません。

こうしてお話ししているうちにふと思い出したことがございます。私は元々この江戸の小石川に夫婦で住んでいたことがあり、ふさもそこで産まれました。小石川の産土の神は氷川大明神です。もうひとりが『われは蛇体の者だ』と曰われたのは、もしかすると氷川大明神だったのではないかと思えるのですが」

同席していた堤朝風がいった。

「氷川大明神は竜体の神だという言い伝えがありますな」

ますます符合する。

そもそも氷川大明神と申す神は、延喜の神名式に武蔵国足立郡の氷川神社(名神大月次新嘗)という神社の神を各地に移して祝った神のひとつとあり、氷川神社の祭神は一の宮記にスサノオノミコトと見える。いまもそういい伝えられ一の宮という。『江戸砂子』という本に小石川でも一の宮を勧請し、竜女を祝ったとある。

スサノオノミコトが出雲国簸川上で八俣の大蛇を斬り殺したため、彼地には樋神社があると式には見える。であれば、スサノオノミコトに斬られたオロチの霊を使わしめとして祝ったのが竜女と誤って伝えられたのではないか。この武蔵国にこの御社がある理由は、この国の国造は成務天皇の御世に出雲国から分かち定められたため、その本国の神である樋神社が移し祭られることとなったのだろう。詳しくは別に考察し記したものがある。

熊野の神も元々はスサノオノミコトの御霊を祭ったものであるとすれば、縁がないどころの話ではない。勝五郎の再生も、程久保村の鎮守の神が何神であるかは調べていないが、中野村の鎮守の神と御語らいのうえお取りはからいなさったことでもあろう。

人によっては出生地を去り他所へ移って生活する者も多く、そういう人を出生地の神と現在住んでいる地の鎮守の神とが互いに守護なさることは、私が最近見聞きした事例からも明らかだ。しかし、こうしたことすら神の道を知らない人が聞けば怪しく思うだろうし、より詳細に論じたい気持ちはやまやまなのだが長くなるのでここには記さない。


  • うぶすなのかみ 自分の生まれた土地の神。その人が他所に移住しても、一生を通じ守護してくれる神と信じられている。鎮守の神(現在住む土地や営造物の守り神)とは本来別だが、出生地に定住する人の場合、産土神とその土地の鎮守の神は同一である。また中世以降、氏神の語が地域社会の守り神の意味にも使われるに至り、産土神と氏神の混同が見られる。〈国史大辞典〉
  • じんみょうしき 神の名を記した帳簿
  • くにのみやっこ 古代の世襲の地方官

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