#010  観世新九郎の上達を知ること

このごろ名人と称され公儀から紫の調しらべを賜った新九郎が、まだ権九郎と名乗っていたときのことである。

いまだその奥義を習得できずにいた頃、彼は日々鼓の練習に明け暮れていた。毎朝茶を入れて権九郎に届けていた長年召し使っている年老いた女中が、ある朝、茶を差し出しながら言った。

「ご主人様の鼓も大変上達なされましたねえ」

その女中は日頃鼓は聞き慣れているが、自ら手に取ることはない。権九郎は妙に思って尋ねた。

「ほう、なぜそう思う?」

「もちろん、私は鼓のことなどわかりませんが、お父様の新九郎様の鼓を数年聞いておりますと、毎朝煎じている茶釜に鼓の音が一打ちごとに響くように聞こえます。これまで権九郎様はそのようなことがございませんでしたが、この四、五日はお父様のように茶釜に響きますので、上達なさったのだなと知った次第でございます」

長年鼓を聞いていると、自然と音の微妙な違いを聞き分けることができるものなのだな、と権九郎も感心したという。


  • しらべ 調緒(しらべお)。鼓(大鼓、太鼓、小鼓)で使用されるロープのことである。単にしらべと呼ばれることもある。 調緒は、鼓の胴に張られた皮を締め付け、それぞれの楽器にあった音色を出す役割を担っている。

調

ウィキペディアの執筆者,2016,「調緒」『ウィキペディア日本語版』,(2016年6月27日取得,https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E8%AA%BF%E7%B7%92&oldid=60243037)


観世新九郎が語った。

「蚊は小虫ではあるが、頭がいい。夏の夜に鼓を打っていると、鼓を持つ手には止まらず、打つ手に止まって血を吸う。持ち手に止まると打ち手に叩きつぶされるかもしれないと思うのだろう」

新九郎はその道の名人であり、長年同じ経験をしているという。

『甲子夜話1』p.144(東洋文庫)

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