#009 たちの悪いいたずらはするものではないということ(頓智のきいた悪事のこと)

これも同じ頃の話らしい。神田あたりに漫談やものまねなどして人の笑いを取ることを家業とする者がいた。酒好きの独身で、日々酒瓶を片手に飽くことがなかった。

あるとき、鳶を生業とする二人の男の間で伊勢参りに行こうという話になり、あいつがいれば道中退屈しないだろうと独身男を誘ったが、彼は路銀がないといってこれを断った。しかし、鳶たちが「路銀なら、俺達がおごってやろうさ」となおも誘ったので、それなら行こうと話がまとまった。

急がない旅であったので、この宿で一杯飲み、あの宿で一樽空けるといった具合で、あるとき神奈川の宿に泊まった。翌朝、夜明け前に出立しようと鳶たちが布団を出ると、例の独身男は飲み過ぎたのかいくら起こしても目を覚まさない。ふたりはいたずら心を起こし、寝ている間に坊主になっていたらさぞ驚くだろうとこっそり剃刀で独身男の頭を剃って青道心としてしまった。

日の昇る頃また起こすと、独身男はようやく起き出して頭をなで上げ、大声を上げた。

「何をする。悪ふざけもいい加減にしろ」

「俺達じゃない。知らないよ」

「冗談じゃない。お前達以外に誰がいるもんかい」

「何のことだかわからんなあ」

ふたりはあくまでしらを切った。

「騒いでみても、こうなっては仕方がない。坊主頭では箱根の関所も抜けられない。伊勢でも坊主は参詣を禁じられているから、出かけてみても無駄骨だ。俺は江戸へ帰る」

独身男はふてくされた。

ふたりはここではじめて馬鹿なことをしたと後悔したが、いまさら謝ることもできずに帰りの路銀を与えて別れた。

帰りの道中でも独身男の腹立ちは治まらなかった。

「人をこけにしやがって。坊主にされたことは決して許さん。この仕返しはきっとしてやるからな」

一計を案じた男は芝のあたりで古い袈裟などを買い誂えて本当の出家のように姿を変えた。五日ほどして二人の家を訪れたところ、妻子はひどく驚いた。

「どうしてこんな格好で。伊勢へは行かなかったのかい?」

独身男は涙にむせびながら次のように告げた。

「お察しいただきたい。道中、渡し船が岩に乗りかかって難破し、三人とも川に投げ出されてしまいました。私は運良く岩にしがみついたところを救助の船に助けられましたが、ふたりはそれきり行方知れず。その他の乗客も行方不明となったので人生の無常を感じ、出家して諸国を廻ろうと思い立ったものの、友人の妻子が待つ家に事情を伝えないのも不義理であるのでこうしてお知らせに参った次第です」

家族は揃って泣き崩れ、嘆き悲しむ様子は見るも痛々しい有様であった。ふたりの妻は嗚咽しながら自分たちも頭を丸めて諸国を廻ると言い出した。

「諸国行脚のことは親類とまず相談するべきでしょう。出家してふたりの菩提を弔うのはよいことでしょうが」
などと独身男はそれを軽く留め置き「役目は果たした。旅に出ます」と言い残すと、どこへともなく去ってしまった。

ふたりの妻は菩提寺を頼って出家、染め衣の尼の身となりねんごろに菩提を弔った。知らせを聞いた親類が「せっかくそこまでしたものの、万が一間違いがあっては大変だ。まず、例の難破の様子を尋ねる飛脚を出してみてはどうか」などともっともな忠告をしていたところに、伊勢参詣を滞りなく済ませたふたりが帰宅した。

二組の夫婦は卒倒せんばかりだった。「どういうことだ」とそれぞれの妻に問いただした鳶達は独身男の返報と悟った。

「ばかないたずらをしたばかりに、恨みを買って騙されてしまった」と後悔したがどうしようもない。ふたりの尼は還俗して最近は三、四寸ほどにも髪が伸びたとさ、と近所の者が笑いながら話してくれた。

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