#006 癪聚のこと

そう遠くない昔の話である。片田舎で読み書きを教えていたある人が常にの病に苦しんでいた。死の間際、彼は子、弟子、近隣の者らに次のように言い残した。「わしが死んだら火葬にし、腹の中の癪の固まりを打ち砕いてくれよ。死に臨んで未練がましいようだが、同じ病に悩まされる他の人の恨みをいささかでも和らげられるだろう」

死後、遺言に従いその遺体を焼くと、骨の中に何やら固まりのような物が見つかった。

「これが癪の固まりに違いない」

子弟その他の者らは鉄槌、あるいは石でこれを砕こうとしたが、まったく歯が立たなかった。どんなに手を変え品を変えても、いささかも砕ける様子がない。

そこを土地の老人が通りかかって訳を尋ねた。

「それは不思議なことじゃのう」

老人が杖で固まりを突いたところ、固まりはあっさり二つ、三つに割れた。周囲の人々はあっけにとられ、破片をまた石、鉄槌で打ったのだがやはり砕けない。杖で再び叩くと破片は微塵に砕けた。

「これは何の杖だい?」

「いたどりで作った杖じゃ」

いたどりの木は癪を治める妙薬であろうというので、ここに書き留めておく。


  • しゃく 近代以前の日本の病名で,当時の医学水準でははっきり診別できないまま,疼痛のともなう内科疾患が,一つの症候群のように一括されて呼ばれていた俗称の一つ。単に〈積(せき)〉とも,〈積聚(しやくじゆ)〉ともいわれ,また疝気と結んで〈疝癪〉ともいわれた。平安時代の《医心方》では,陰陽の気が内臓の一部に集積して腫塊をなし,種々の症状を発すると説かれ,内臓に気が積んで腫瘤のようなものができて発症すると考えられ,癪には日本人に多い胃癌(がん)などもあったと思われる。徳川家康の死因となった〈腹中の塊あるいは積〉というのは,この胃癌にあたると推定される。いっぽう,江戸時代の《譚海》などに〈胸へさし込みて〉という表現があるように,疝気がおもに腹部,下腹部の疼痛を主症とするのに対し,癪はおもに胸部の疼痛を暗示するものが多く,たとえば心筋梗塞や滲出性肋膜炎などが考えられ,また発作的な痙攣をともなう女性のヒステリーなどの精神性疾患も含まれていたと考えられる。〈世界大百科事典〉

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