#004 寅吉、諸国を巡ること

「十二、三歳の時分は山には行かず、ときどき師匠に来ていただいて教えを受けるだけだった。禅宗、日蓮宗などの勉強も必要であるとのことで、両親に次のように話してみた。

『自分は体が弱く、商売には耐えられそうもないので、寺に奉公してゆくゆくは出家しようと思う』

信仰の厚い両親は簡単に許してくれ、その年の秋から池ノ端にある正慶寺という禅宗の寺に預けられた。この寺で経文や儀式もだいたい覚えて、暮れに家に戻った。文化十五年の正月からまた近所の覚性寺という富士派の日蓮宗の寺へ行った。この年の二月に長く患っていた父が死んだ。

この寺にいたある日のこと、大切なものをなくしてしまったよと嘆く人の会話が耳に入った。なんとはなしに聞いていると、誰ともなく耳元で『それは人に盗まれたのだ。広徳寺の前にある石の井戸の脇に隠されている』という声がする。

そのとおり伝えると、落とし主は驚いて帰り、言われた場所を探してみると本当にそこで品物を見つけることができたという。その噂が広まって占いを依頼する人々が押しかけ、まじないごとなどもしてやると非常に良く当たった。

宝くじの番号も数回言い当てた。このときは、宝くじだとは聞かされずに『千までの番号がついた物のうち、一番良いものを神社に納めようと思います。何番が良いでしょうか。占ってほしいのですが』との問いに『この番号がいいでしょう』と答えた。全部で二十二、三人に頼まれて十六、七人が当たったという。六、七回は当たらなかったわけだが、そのうち五回は教えた番号がもう売れていたために外れたということらしい。

そんなこんなで大勢の人が押し寄せてくるため面倒になり隠れて会わないようにしたが、それでも訪ねてくる人が後をたたない。住職が驚いて『寅吉はまだ子供だ。このような奇怪な術を教えたのが自分だなどと世間に思われてはたまらない』と家に帰されることになった。

その後ひと月ほどは家にいたのだが、おととしの四月からは師匠の指示により日蓮宗身延派の宗源寺に弟子入りし、この寺で剃髪した。剃髪して真の弟子とならなければ見聞きできない秘密の教えが多かったからだ。

文政二年五月二十五日、師匠がやってきて『でかけるぞ』と仰った。母親には人に誘われて伊勢参りに行くと言い訳をしておいた。まず岩間山、そこから東海道を江ノ島、鎌倉と見て、伊勢両宮を拝み、西の国の山々を見まわり、八月二十五日にはひとまず家に帰りついた。

九月になるとまた師匠が訪れて一緒に出かけた。このときは遠く中国大陸までも飛んでいった。その帰りに東北の山々を見回ったのだが、どういうわけか十一月始めの妙義山の山奥にある小西山中というところ、家は何軒かあるものの、とんでもない田舎に置き去りにされた。師匠はどこに行ったものかわからない。しかたなく、その村の名主らしい家に泊めてもらって二、三日待ったが、やはり師匠は現れない。

やきもきしていると、どこの人なのか名前も知らないが年の頃五十歳位の坊さんがその家を訪ねてきた。自分は江戸の者であり、神道を学ぶため全国を巡っているうちに道に迷ってここに来てしまったといきさつを話すと、『それはよい心がけである。拙僧の知人に神道に詳しい人がいる。案内してやろう』といって筑波山の神社を預かる白石丈之進という人のところに連れていかれた。

『この子供は神道を熱心に学びたいといっている。しばらく置いて教えてやってほしい』

そう言い残して、坊さんは去った。

さて、丈之進さんという人の信仰する神道は蛭子流という流派で、吉田流よりさらに仏教の影響が強かった。面白いものではなかったが、自分の子供のようにかわいがってもらい、平馬という名前までくれて丁寧に教えてくれたので、これも学ぶに如くはないと考えてこの家で年を越えて神道を学んだ。

その年の三月のはじめ、兄弟子の古呂明が現れて『師匠のいる山に連れていってやろう』と告げられた。大変嬉しく、丈之進さんには東国方面の神社を回ってみたいとの理由で別れを告げたところ、

『一人旅をする者には宿を貸さないきまりがある。この手形を見せて泊めてくれるよう頼むがよい』

といって通行手形に印形を押したものをくれた。その手形の文面は次のようなものだった。

これを所有する者は私のせがれであり、名を平馬と申します。怪しい者ではございません。神前に国家安全、万民繁栄の祈りをあげるよう言いつけて諸国巡行に差し出しました。もし旅路にて御神職衆中にお目に掛かった折は、私同様便宜を図っていただけるようお願いいたします。また、この者が宿を探しているときは、どうぞ一晩なりとも泊めていただければ幸いです。

文政三年三月

筑波六所社人 白石丈之進 印

 御神職衆中・村々御役人衆中

包みの紙には『白石丈之進の子、平馬』と書きつけられていた。ありがたくいただいて家を出、古呂明に伴われて岩間山に行き、ようやく再び師匠に会うことができた。

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