#002 寅吉、神誘いに遭うこと(1)

「神誘いに遭ったいきさつを話してくれないか」

「文化九年、七歳のときのことだ。池ノ端茅町の稲荷神社の前に、貞意という占い師が住んでいた。 毎日家の前で道行く人を占っている様子を見ていると、ふつうの占い師は『乾の卦が出た』だの『坤の卦が出た』だの言うものだが、この男は卜筮ぼくぜいという方法で占っていた。卜筮とは、いろいろな動物の毛を集めて占うもので、袋の中から熊の毛を探り出せばどう、鹿の毛を探り出せばこうなどと、引いた毛によって占うもののようだった。無性に習いたくなり、占い師の周囲に人のいないときを見計らって、その占いを教えてほしいと頼んだのだが、子供扱いされてまともにとりあってはくれなかった。

『小僧、これはそうそう簡単に人に教えてよいわざではないのだ。お前の根性を見てくれる。七日間、手のひらに油を溜めて火を灯す行を続けられたら、また来い。そのときは教えてやろう』という。

なるほど、そう簡単に教えないのは当然だと考え、両親に隠れて二階の部屋などで手灯りの行を始めた。熱くて熱くてとても我慢できるものではなかったが、なんとか七日間を堪え抜いた。意気揚揚と占い師の元を訪れ、焼け爛れた手のひらを差し出して、

『ほら、七日間手灯りの行を勤めた。占いを教えておくれよ』

というと、占い師はただ笑っているばかりで教えてくれない。悔しくて仕方がなかったが、どうにもならず、ますます膨れ上がるあの占いが習いたいという気持ちを胸の中に押さえ込んだまま月日がたった」

後日調べたところによると、この貞意という占い師は、その後上方へ居所を移したらしい。

「その年の四月頃、東叡山の麓に遊びに行って黒門前という五条天神の辺りをぶらぶらしていると、丸薬を並べて売っていた五十歳前後の髭の長い、伸ばし放題の髪を適当に結った旅姿の老人が、敷物の上に並べていた品物ばかりか、小さなつづら、敷物まで何もかも口の幅四位の小さな壷に納めているところを見かけた。とうとう自分まで壷の中に入ろうとする様子だった。

どうやって入るんだろうと見ていると、片足が入ったかと思うと、あっというまに全身が吸い込まれてしまい、壷は空に飛び上がり、そのままどこかへ飛んでいって見えなくなった。大変驚いて、後でまたその場所に行って夕暮れまで見ていると、また同じようにして飛んでいってしまった。また、その場所へ行ってみると老人が声をかけてきた。

『お前もこの中に入れ。面白いものを見せてやろう』

薄気味悪くなったので断ったところ、近所の物売りから買ったお菓子をくれて『お前は卜筮を習いたいのだろう。知りたければ、この壷に入ってわしと一緒に来い。教えてやろう』と、なおも勧める。

どうしても卜筮を習いたい気持ちは変わらなかったので、行ってみようかなという気持ちが頭をもたげたように思うと、いつのまにか壷の中に入ってしまったようだった。気がつくと、まだ日も暮れないのに、とある山の頂上に立っていた。常陸国の南台丈という山だった」

この山は、加波山と吾国山の間にあり、獅子ガ鼻岩という岩が突き出ていることで知られる。天狗の行場だと言われている。

「なにしろ幼い頃のことだったから、夜になるとしきりに両親を恋しがってわんわんと泣いた。老人は困って『仕方がない、家まで送ってやろう。人には内緒で毎日五条天神まで来い。送り迎えして卜筮を教えてやろうに』と、よく言い含めて俺を背負った。

目を閉じるように言われたのでそのようにすると、耳に風があたり、ざわざわと鳴ってなんだか空を飛んでいるようだった。そうこうしているうちに気がつくと家の前に立っていた。ここでも老人は『いいか、絶対に人に話してはならんぞ。話すとただではすまんのだからな』と、念を押して姿を消した。

俺は約束を守り、両親にも誰にも決して話さなかった」


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