#01 序

私は文政六年六月の末に本書の清書を終え、まだ表紙も付かずにいたものを携えて七月二十二日に江戸を立ち、京に赴いた。

八月六日に京に到着し、富小路治部江殿からたびたび召されて出た際、本書のことが話題となることがあり、ぜひ見たいとのお申し出を受けて十三日の夜に持参してご覧頂いたところ、その場で一気に読んでしまわれた。

「これは面白い。仙洞の叡覧に入れ奉ってみようと思うがいかがか。そなたの名がお耳に入るきっかけともなろう」とのお言葉に、私はただただ恐縮するばかりだった。

その翌日、治部江殿が院に参上し叡覧に供え奉ったところ、いたく御心に叶い、再読さえしていただいたうえ大宮御所にも回覧せしめられたという。雲上人が「このように珍しいことがあって江戸の篤胤という者が記したということだ」と御物語せられたということ、やんごとなき筋から確かに漏れ聞いている。

五十日程御手元に留め置かれ、女房達に写すよう命じ、本書を治部江殿に下し給わったのは十月四日の日であった。ここかしこに付けられた折り目は仙洞が読むのを中断した際に折られたものだと伺い、大変恐れ多く朱筆でしるしを付した。

こうして江戸へ帰ってこの表紙を付けた。たまたま読む人もこうしたことを心得て本書をおろそかに扱うことのないようここに記すものである。

あなかしこ

未十二月十三日  篤胤(花押)


  • ぶんせい6ねん 1823年
  • せんどう 上皇の御所

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