享保の頃、御先手(※行列の先頭に立つ役職)を勤めた鈴木伊兵衛は、百合の花を異常に嫌っていた。
あるとき、茶会に四、五人が集まった際に吸い物が出た。ところが、伊兵衛だけは顔を真っ青にして箸を手にしようとしない。
「どうなされた?」
「……この吸い物には百合の根など入っておりませんか」
茶会の主人が答えた。
「お主が百合を嫌うことは先刻承知であるから、決してそのようなことはない」
しかし、出された膳のひとつに百合の絵が描かれた物があった。驚いて早速座敷から運び出すと、伊兵衛はたちまち快気したという。以上、松下隠州の話である。
また、土屋能登守殿の家来に、樋口小学という医師がいた。この医師は異常に鼠を嫌い、鼠がいる座敷などに入るとすぐにそれと察するという。
あるとき、同僚達が茶飯を振る舞う座に小学も招かれた。小学は遅れてくることになっていたので、同僚のひとりがいたずらを企んだ。
「彼の鼠嫌いは異常にもほどがある。芝居をしているのかもしれん」
鼠の死骸を用意し、小学が座る畳の下において何食わぬ顔で到着を待った。
ほどなく小学が訪れたので座を譲り、先の畳の上へ着座させ膳を出すと、たちまち小学の顔色が変わった。汗が全身から吹き出し、ひどく不快な様子である。
「どうなされました?」
小学は、満足に返答もできないほどの苦しみようだった。もし、ここで鼠のことを打ち明けたりなどしたら、刃傷沙汰にもなりかねない雰囲気であったため、同僚はいずれもそれには触れぬままあれこれと介抱し、人を付けて自宅まで送った。
「まったく不思議なことだ」
後刻、人を遣って様子を窺わせると、帰宅してからはすっかり元気を取り戻したという。その座にいた同家の鍼師、山本東作の話である。