#084 実母散のこと

中橋大鋸町の木屋市郎右衛門という町人が、実母散という産前産後のほか婦人病によく効く薬を商っている。今般都市部、郡部を問わず広く用いられている薬である。その謂われを尋ねたところ、次のような次第であった。

三代前の市郎右衛門は薪売りを家業としており、その弟は長崎にいた。弟の知り合いである医者に江戸へ出なければならない裁判ごとが出来し、医者は江戸の町宿に滞在することになったのだが、裁判が長引き、三年あまりもそのまま滞在することになってしまった。そのうちとうとう宿代が底を尽いてしまい、医者は途方に暮れた。

このため、市郎右衛門の弟から預かった「この医師が江戸滞在中は何卒よろしくお願いいたします」という書状を市郎右衛門に託したところ、それは捨て置けないと早速世話を受けることになった。

市郎右衛門が「お上の御用向きが済みましたら、拙宅へ宿替えさせたいのですが」と願い出たところ、「素人宿は申しつけ難いが、呼び出した際すぐに連絡が付くようにしておくならばかまわない」という。これまでの町宿の向かいに市郎右衛門が日頃世話を焼いていた者がおり、そこに泊めさせることになった。

ある日、市郎右衛門の隣に店を構えていた商人の娘が産気づいた。殊の外難産で、赤子は産門から足を出したままどうにもならず、娘はいまにも命を落とさんばかりに苦しんでいた。父母が見るに見かねて市郎右衛門のところで嘆き悲しんでいたところ、この医師がそれを耳にした。

「どの医者にも見放されたうえは、私が診てもかまいませんか」

両親は喜んで産婦の元に案内した。

「とある薬を飲ませます。たとえ効果がなくても恨まないと約束していただきたい」

「医者に見放された身の上です。こうなってはあなたさまだけが頼りですから」

医者は一服の薬を与えたところ、効果があったものか、出ていた足が引っ込んだ。さらに薬を与えると、何ということもなく赤子は引き出された。死産だったが母体には別状がなかったため、父母の喜びようは大変なものだった。金子四十両を謝礼として差し出したが、医者は「そのような礼を受ける謂われはありません」と再三断った。ようやく二十両だけを受け取ったが、うち十両を市郎右衛門に渡した。

「これまでお世話になりました宿代というわけではありませんが、どうぞお受け取りください。このたび裁判も済み、幸い勝訴することができましたものの、道中の旅費もなく道々乞食してでも帰ろうと思っておりましたが、この十両さえあれば故郷まで帰ることができるというもの。これまでお世話になりましたお礼は長崎に到着してから幾重にもさせて頂きます」

「私にも娘が大勢おります。妻も若く、これからお産することがあれば、どのような危難に遭うとも限りません。どうか、この薬の製法を教えていただけませんか」

「それはたやすいことですが、一朝一夕にお伝えできるものではありませんので」

医師は丁重に断った。

「……そういうことでしたらこの十両はお返しいたします。追って金品等をお送りいただく必要もありません。これまで真心をもってお世話してまいりましたし、妻子のためにとお教えを願いましたものをご承諾いただけないのは、何とも残念というほかありません」

市郎右衛門の言葉に医師は瞑目して頷いた。

「お話は実にごもっともです。伝授いたしましょう。しかし、患者の容態により加減する技術も必要なため、四、五日逗留させて頂きます」

こうして医者はなおも十日ほど市郎右衛門方に滞在し、三冊の書物を残して長崎へと帰った。

この薬を実母散と名付け、産前産後の妙薬として宣伝したところ、たちまちのうちに大人気となり購入に訪れる者は引きも切らなかった。短期間のうちにおびただしい利益を得て薪商売などしている暇などなくなり、この薬だけを売って千両屋敷を四、五箇所も建てた。市郎右衛門は大富豪になったという。

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