#081 信心深い人に神仏の助けがあること

明和九辰年の大火(※目黒行人坂の大円寺から出火。明暦の振袖火事に次ぐ大火として有名)は誰もが知っているが、その折りの出来事である。

近所に住む若山某の話によれば、彼の妻の伯母は佐竹右京太夫(久保田(※秋田)藩主)奥の老女だった。大火の際、奥方とともに避難したのだが、混乱の中で乗り物を見失い、あちらこちらを探し歩いたが奥方の行方が知れない。小女を連れてなおも尋ね歩き、浅草の大たんぼというところまで来てしまったが、そのあたりもかなり焼けていた。

これからどうしたものかと途方に暮れていると、佐竹家の印番のついた提灯を持った二人連れを見かけた。呼び止めて事情を話すと、ひどく喜んで「我らにおまかせを」と、着ていた革羽織を脱いで一枚を敷いて座らせ、もう一枚を被らせて火の粉を防いだ。どこからどうしたものか、食べ物なども調達してきてどうにか人心地ついた頃、ようやくその辺りもほぼ鎮火したので連れ立って浅草蔵前まで出た。そこで主人の乗り物を見つけて駆け寄り、かくかくしかじかとこれまでの経緯を涙ながらに話し、お供して下屋敷へ避難することができた。

大騒ぎの中ゆえ、介抱してくれた二人の名は聞きそびれていた。「これこれこういうお二人に殊の外お世話になりました」と役人に届け出をし、謝礼をしようと手を尽くして探したが、どこの屋敷にも該当する者はいないことがわかった。

この老女はかねがね信心の念の強い者であったところから、「必ずや神仏がお助けくださいましたのでしょう」と語ったという。

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