そう遠くない昔、紀州公が神代のサカツラの箙を弓町の職人に発注された。弓町でもサカツラの箙というものがどういうものかを知る者は誰ひとりいなかった。ある人が語った。
「サカツラは有徳院様が御好みで仰せつけられた箙のことだろう。この箙は猪の毛を逆さに植えたものだ」
「おお、きっとそうに違いない」
そうしてそれを仕立てて紀州公へお納めしたところ、紀州公は一目ご覧になって大笑いされた。
「これは有徳院様が物好きでご注文され、神代の箙の名をお借りになってさかつらと名付けられたものだと聞いておる。これではないぞ」
そう仰ってお返しされたので、またあちこちで情報を集め直し、弓術の師範をしている吉田弥五右衛門に問い合わせたところ、彼は大笑いした。
「サカツラというのは桂で拵えた箙のことだ。神代はいまのように外見を飾らなかった。桂の若い枝をたわめて箙に拵えたのだ。『早桂』と書いてサカツラと読む」
こう教えたのでそのとおりのものを作ってお納めしたところ、紀州公が弓師に「これは誰に習ったか」とお尋ねになった。ありのままに申し上げたところ、「さすがに吉田の姓を名乗るだけのことはある」と仰ったということである。