安永、天明の頃、若者達の間ではもっぱら『通人』がもてはやされていた。なかでも『大通』というのは、万事そつが無く、両悪所の事情、その他世の中の流行を的確に把握している者をいう。ひどい場合は放蕩無頼の者を指して『通人』あるいは『大通』と呼ぶことすらある。
思うに、『通』の字は漢学では『達者、達人』を意味し、仏教においても『円通』という使い方がされていることでもわかるように、そのような不良の輩を表すものではない。だが、万事そつが無く、言動すべてが粋であるという意味でそう呼ばれているのだろう。
ある人が通人の絵と解説を持参して見せてくれたので、くだらないことではあるが後の世から見て『昔は馬鹿なことが流行ったのだなあ』と思い出すよすがにでもなればと記す。
安永の頃、奇怪な者が現れた。自称、『通人』である。およそ次の図のような姿をしている(※底本p.71)。たとえて言えば、口は猿、ずるがしこくて、尾は蛇、姿は虎であるという鵺に似ている。
鳴き声は唄のようであり、酒を好み、奴が真崎田楽を食うよりも簡単に世間をひと飲みにしてしまう。『忠』といえば鼠かと思い、『孝』といえば本堂の屋根を振り仰ぐ。
「燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らん」と気取る。小紋通しの三つ紋は、紺屋に三枚分の仕事をさせるし、裏半襟はどうせ見えないのだから仕立屋の手間損。足下は三枚裏の八幡黒で固め、財布、たばこ入れはどんぶりに納め、肩に長い木綿手拭いを掛けて悠然と街を歩く。
穴知らずの穴話、親和染めの文字知らず、俳諧知らずの俳名、通人の不通というものである。この図のような人間は親類不通の種ともなろう。
- りょうあくしょ 遊里と芝居。
- えんつう 滞らず、自在であること。
- こう カラスの鳴き声。
- えんじゃく 出典『史記』。ここでは、世間の遅れた連中には通人の粋なスタイルが分かるまい、ほどの意。
- どんぶり 厚紙を更紗等で包んで作った大きな袋。
- しんなぞめ 三井親和の書いた篆書などを交えた、漢字を染め抜いたもの。