柳生但馬守宅の門前を通りかかった僧が、剣術の稽古の音を聞いて嘲り笑った。「そこそこ使えるようだが、これで御師範などとは片腹痛いわ」
門番がこれを聞き咎めたが、僧は一向に取り合わなかったため主人に注進に及んだ。
「すぐに呼び入れよ」
僧は座敷に通され、但馬守と対面することになった。
「御身は出家の身でありながら剣術を修行されたとお見受けします。何流を学ばれたのですか」
僧は笑った。
「あなたは天下の御師範であるが、剣術はからっきしだな。流儀などというものは剣術の極意ではない。 剣を遣うのに何の流儀がいるものか」
但馬守はこの言葉に感じるところがあった。
「しからば、一手の御指南を所望したい」
僧はこれを承諾し、ともに稽古場に赴いた。
但馬守は木刀を手にし、僧に尋ねた。
「御坊は何を持たれますか」
「それがしは出家である。持つべきものなど何もない。何であろうとさっさと打ちかかっていただいて結構」
ふざけたことを、と但馬守が思い切り打ち込もうとしたところ、どうにも打ち込めない。どう打ち込んでもたちまち返り討ちに遭うに違いないと直感した。
但馬守は木刀を置き、平伏した。
「いやなに、剣術においてあなたに並ぶ者はない」
僧も彼を賞し、互いに極意を与えたという。
この僧こそ、後に但馬守が大樹家光公にご紹介申し上げた東海寺開山沢庵和尚である。