信州の農民の話であるらしい。ある夫婦が従僕一、二人を召し使い、相応の生活をしていた。
あるとき、夫は近くの村に用事を足しに出たところ、二里ばかり行った先で突然の激しい雨に見舞われたため、近辺の一軒家に立ち寄り、雨宿りをさせてもらうことになった。
馬を飼い、手入れの行き届いた小綺麗な家である。三十ばかりの亭主が煙草を吸いながら、この雨では大変だったでしょうなどと懇ろに旅の不自由を慰めるなどしていたところ、あぐらをかいて衣服の裾が乱れたすきに両膝の間から男根が見えた。膝と同じほどの長さがあったので、まさかと驚いていると、亭主もそれに気づいて大変困惑している様子だった。
「これはこれは、珍しい逸物をお持ちだ。夜の方はどうなさっておられるので」
「まあ、隠してもしょうがないですね」
亭主は服をめくって逸物を取り出した。ちらと見えたときはもとより、こうしてまざまざと見ると不気味にさえ思えてくる。
「私はこれがこれなので哀れな身の上なのです。もともと私はこの一、二町先で見たかも知れませんが、そこの酒屋の倅です。暮らしも何不自由ない身の上なので妻、妾を持とうとしましたが、これが人並み外れて大きいためいまだ女を知りません。財産を尽くしてあちこちに妻となるべき者を探しましたが見つからず、むなしく月日を過ごしていましたが、日々高まる欲望は抑え切れません。あそこに繋いでいる馬を妻と思って、その気が起こるとあの馬を相手に思いを晴らし、生きながら畜生道に落ちているという有様です」
夫はそれを聞いてすっかり呆れ果てた。そのうち雨も止んだので別れを告げて家に帰り、妻に冗談めかしてその日の出来事を話した。
「今日、かくかくしかじかのところで大変な逸物を見たよ。お前はいつも俺のを小さい小さいと馬鹿にしているが、あんなに大きいのも困りものだ」
「そんな都合のいい片輪があるものですか。たとえて見れば、どのくらいの大きさだったんですか」
「そうだな。あれくらいだ」と夫は床の間の花瓶を指さした。
「まさか、そんなものあるわけないでしょうに」
妻は笑ってとりあわなかった。
その日も暮れ、翌日も過ぎた三日目。妻が行方不明となった。夫は心当たりの所を訪ね歩いたものの、一向に行方が知れない。夫は召使いの丁稚に尋ねた。
「なにか、いつもとちがった様子はなかったか」
「そういえば妙なことがありました。もしかしたら少し頭がおかしくなったのではと思っていたのですが、昨日の昼頃、床の間に飾ってあった花瓶を持ち出して膝の上などに押し当てていたのを物陰から見ました」
夫は一昨日巨根の男の話をしたとき、それを花瓶に例えたのを思い出した。きっとあの淫婦はそれを目当てに出ていったのだろうと思ったが、まさか丁稚にそういうわけにもいかない。
「もう探さなくてもいい。私に心当たりがあるから」
夫は昼頃から家を出て、例の巨根の男の家を訪ねた。
案に相違して何も変わったところはないように見えたが、亭主が顔を出した。
「ああ、この間の雨宿りの人ではありませんか。何かご用でも」
「いやなに、先日のお礼にまいりました」と世間話などしていたが、折りを見計らって夫が探りを入れた。
「御亭主は顔色が悪い。何か心配事でもあるようですが、なにか変わったことでもありましたか」
「ああ、そうなんです。ひどいことがあって自然に顔に出てしまったんでしょう。昨日の夜のことです。夜の四つ時頃、戸を叩く音がしました。開けてみると四十位の女が立っております。
『旅の者ですが、持病の癪に苦しんでおります。どうか一晩泊めていただけませんか』
私は独身だからと断りましたが、しきりに腹痛を訴えるので、この一間に寝かせ白湯など与えて介抱していました。そのうち、女が声をひそめて『あなたの逸物の噂を聞きました。一目見せていただけませんか』と言い出すではありませんか。
『馬鹿なことをいいなさるな。いったいどこでそれを知ったんですか』
『あなたの逸物が人並み外れたものであることは、馬喰、荷物持ちまで誰でも知っていることです。いまさら隠しても仕方がないでしょう』
私は何となく不気味に感じ、もしや魔物では、としばらく身を固くしていました。
『別に怪しい者ではありません。この近所に住んでいる者です』
たしかに、どうみてもその辺の年増女であるため断り切れずに見せると、しきりに手で撫で回し、あるいは驚き、あるいは声を上げて喜ぶので、私もその気になってしまいました。
『あなたも独身ならば、一晩付き合ってはくれませんか』
『こんな代物を納められるとも思えませんが、どうぞお好きに』
ついに床をともにすると、どういった器の持ち主だったものか、結局情を遂げることができました。
女が言いました。『どうか妻として迎えてください』
いままで女を知らなかった私でしたが、初めて伴侶を得られた嬉しさにこの身が震える思いでした。
女は朝早くから起きだしてまめまめしく働き、飼っている馬に飼い葉をやろうというので『それは私がやるから』と言ったにも関わらず、厩に向かいました。
しかし、馬にも嫉妬心があったのでしょうか。たちまち女を押さえつけ、喰い殺してしまいました。私ももって生まれたこの身の業の深さを感じ、出家しようと思っていたところです。こんな話を人にすることもできないまま、女の死骸は裏の空き地に埋めました」
亭主は涙ながらに語った。
夫はこれを聞いて「それは私の妻です」とも言えぬまま、「哀れな話ですなあ」とだけ言い残して立ち去ったという。