後小松院の御代の人である半井驢庵は、我が国において僧官の位を持つ初めての医師なのだという。『最勝王経』天女品には幾種類もの沐浴に使用する薬剤の製法が記されていたのだが、当時は比叡山の仏庫の奥深く収蔵されていた。
これを閲見したいと奏聞したところ叡山へ勅命が発せられたのだが、俗体の者には拝見を禁ずるとのこと。そこで半井驢庵は剃髪して僧の姿となり僧官の位を受け、『最勝王経』を閲覧することができたのだという。
「昔はこのようなことがあったのです。しかし、そうまでして入手した『最勝王経』の薬方ですが、たいして効き目のあるものとは思われませなんだ」
ある老医の話である。