ある年、有徳院様が郊外へ出かけた際、遠い木の枝に鳶が止まっているのをご覧になった。弓を用意するよう仰せられ、狙いを付けられたところ鳶は飛び立ってしまったのだが、そのまま射られた矢は見事命中し鳶は川に落ちた。周囲の者は、その妙技に感心することしきりであった。
そのとき、同じ川岸の木の枝に烏が止まっているのを御小姓が見つけた。
「またよい的がございます。御弓を差し上げましょうか?」
「枝に止まっている鳥などは二度も続けて当たるものではない。覚えておけよ」
笑って仰られたということである。
同じ御代、鷹狩りに出かけた先で小者が鉄砲を担いで野原をうろうろしていた。そこへお側周りの者が上様をご案内し、しっしっと声をかけたところ、小者が驚いて振り向きざまに鉄砲を上様の顔に当ててしまったので上様がお叱りになった。これを見た御小姓衆が目をつり上げて殺到し、周囲を取り囲んで責め立てたので小者はすっかり身を縮ませて這い蹲り、もう命はないものとばかりに震えていた。
「上様、この不始末、どのように仕置きいたしましょうか?」
御小姓のひとりが伺うと、上様はふと四方を見渡された。
「目付はおるのか」
「……近くには居らぬようでございますが?」
「ならば、仕置きは無用じゃ」と、お構いなしになった逸話を安藤霜台が話してくれた。ありがたいことと、ここに記す。