#088 旧室という人のこと

宝暦の頃まで俳諧の宗匠をしていた旧室(※奇行で有名。天狗坊とも号した)という人は、並はずれて背の高い異相の持ち主であり、数々の逸話を残している。欲心は少しもなく、わずかばかりの衣服もその場の盛り上がりによっては脱いで人に与えることなどもたびたびであった。

ある日、麻布近辺の武家屋敷の門前を通りかかったときのことである。剣術の稽古の物音を耳にして、どうしてもやってみたいという気を起こし、案内を乞うた。

「御稽古を拝見致したい」

座敷へ通されたが、色の黒い大男である。集まった者たちは互いに「天狗が懲らしめに来たに違いない」とささやきあった。主人は年の若い人であったので、相応の挨拶がなされたのを塩に旧室は遠慮なく申し出た。

「竹刀で一本打ってみたいのですがな」

「当方は道場ではなく、内稽古をしておりますので」

「そこを曲げて、どうしてもお立ち会いを願いたい」

旧室はしつこく願い出たので、仕方なく相手をすることにした。もともと俳句の宗匠であるから、武芸など知るわけがない。ただ一振りの内にしたたか頭を打たれた。旧室はしばらく頭を抱えていたが、やがて座敷に上がった。

「さてさて、ひどい目にあったわい。硯と紙を所望したい」

五月雨にうたれひらひら百合の花   旧室

このように書き残して帰ったので、「例の旧室であったか」と大笑いになったという。

また、ある日。ほかの宗匠たちと一同で諸侯の元に呼ばれ、俳句の会を催して一泊したことがあった。寝室の床の間に釈迦の掛軸があり、旧室は大層気に入ったらしく殊の外褒めた。

「賛をさせていただきたい」(※絵の余白に歌・詩などの形で感想を書くこと)

同室の宗匠たちは、もってのほかだと叱った。

「大切な御道具を汚すなど、絶対に許されませぬぞ」

再三再四説得した結果、その場は承知して寝た。だが、深夜になって旧室はむっくりと起きあがり、黒々と賛を残した。

蓮の実の飛んだ事いう親仁かな

(※「蓮の実の飛んだよう」は元気で無鉄砲な若者などを形容する言葉)

このように愉快な僧であったが、酒は怖いものである。ある日、本所の屋敷で行われた俳席から帰る際、「送りの者を付けましょう」と言われたのを断ってひとりで帰ったところ、足を踏み外したものか、溺れて命を落としたということである。

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